正しさ・根拠で息苦しくなったら、どうしたかったかを思い出す

何かのヒントになる?

ここ数年、特にコロナの影響を受けてから目立つのが、「エビデンス(根拠)はあるの?」という表現です。

時代の流れが見えないものを明らかにするようになっていますが、並行して「正しさ」も強く前面に出るようになってきています。

この場合の「正しさ」とは何か?が重要では無く、エビデンスにしろ「正しさ」にしろ、白黒を付けさせようとする力が強いことです。

「遊び」がないこういった状態は徐々に息苦しくなります。

正しさや根拠は判断の目安になりますが、行きすぎれば首を締めてきます。

息苦しさを感じたら「自分はそれで良いのか」と見直すタイミングです。

違和感を大切にすることで運が良くなる」も似たような感じですが、「何かおかしい」「それで良いの?」と感じられるかどうかです。

同じような状況でも息苦しさを感じない人もいますので、目安は「おかしい」と感じるかどうかです。

○○であることが「正しい」というのはありません。

立場・置かれている状況で「正しさ」は変わるからです。

「これで良いの?」と感じるということは、「そうじゃない」方が自分に合っている可能性を暗示しています。

合っている方に振りきるのが良いわけではなく、自分に合っているのかどうかを知っておいた方が良いという話です。

合わないけどそれで良いのか、合わないから変えるのか、自分の中に軸を作らないと周りに振り回されます。

結果として「正しい」といわれたからとか、「根拠があるらしいから」とかで、判断を他人にゆだねてしまうかもしれません。

これでは良い状態を維持するのは難しいですし、自分で決断出来ないので、いつも不安とストレスを抱える事になります。

今、もし辛さを抱えているとしたら、周りの判断や意見に振り回されているかも知れないです。

もしそうなら、「自分は何を感じるのか」から始めてみると良いです。

それは違う不安やストレスと向き合う事になりますが、少なくとも自分でコントロール出来る範囲ですので、前よりは生きるのが楽になっていきます。

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