幸せを望むなら「幸せ」になろうとしないこと

何かのヒントになる?

「幸せも不幸せも感覚です」っていうお話をよくします。

あなたの幸せが私の幸せになるかどうかは分かりませんし、あなたの不幸せが私の不幸せになるかどうかも分かりません。

幸不幸は同じ人間の中でもころころ変わるほど感覚的な話です。

大事なことは「幸せになろうとして幸せになることは出来ない」に気がつけるかどうかです。

「お金持ちになろうとしてお金持ちになれるわけではない」と言い換えれば分かりやすいでしょうか。

回りくどい話ですが、言いたいことは「これらは結果でしかない」という話です。

幸せになる方法はなく、その人が幸せと感じるかどうかの話です。

何に幸せを感じるかは、その人の中にしか答えがありません。

これが人生が等しく平等で、冷酷と言われる理由の一つです。

幸せを感じようとすれば誰でも幸せを感じられ、幸せは手に入れようとして得られるモノではなく、自分の中に幸せがある、という厳しさです。

じゃあ、幸せを求めるのは間違ってるの?となるかもしれません。

幸せは、求めるモノではなく、育てるものなのでは?が私の個人的な見解です。

幸せを感じる感覚は自分の中にあり、自分の感覚次第で幸せにも不幸せにもなるのであれば、自分を育てることが幸せに繋がることだと理解が出来ます。

私流の自分を育てるとは、自分の好き嫌いをはっきりさせ、好きの割合を増やしていくことです。

好きの割合を増やすと嫌なことも増えるのですが、その結果、好きを得られる機会が増えます。

好きなモノが増えていけば、幸せも感じやすくなります。

結果的に「あ~、幸せだな~」ってなります。

何となく偽善的?かな(笑)

今すぐ幸せになるためには、現状の受け止め方を学ぶことと、思考を変える必要があります。

貧しいのに幸せを感じた方が良いとか、お金がないのにお金があると思うとか、そういう話ではありません。

精神論ではなく、現状の把握と理解、そこから始まる希望とプロセスの構築です。

無いものをあるという話で幸せは生まれませんが、何があって何がないのか、無いのであればどうしていけば良いのかが分かってくると、未来が変わってきます。

「幸せになりたい」と思うなら、幸せを感じる仕組みに意識を向け、何がどうなっているのかを把握します。

人それぞれ幸せは違うのですから、自分に合った幸せとその未来があります。

幸せは「育てるもの」であり、幸せを求める事で幸せが得られるのではなく「自分の中に幸せがある」と理解していると、いつでも幸せが隣にあることに気がつきます。

後はそれを増やしていくだけで、幸せに囲まれていきます。

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