あこがれの生き方に近づけることは出来ても、適性次第では難しい

何かのヒントになる?

あこがれの生き方とは、テキパキ動きたいとか、率先して動くよりもフォロー側になりたいとか、あれこれ同時並行でやりたいとか、一つに集中したいとか、自分に足りない部分に対するあこがれのことです。

人は出来ない事にあこがれるとはよく言ったモノだと思います。

テキパキ動ける人は努力しなくても出来ます。

同時並行が出来る人も同様です。

率先する人は意識しないで率先します。

大事なことは、出来る人は「望まなくても出来てしまう」ことです。

結構多いケースで、自分はそういう風にはしたいと思っていないのに、自然とそういう役割になったり、状況になったりします。

望んで出来るように何とかしようとしている人よりも、望んでいなくて努力もしていない人の方が出来てしまう現実があります。

それでも「あこがれる」「望む」ことは可能ですし、出来るように努力するのも良いです。

でも、辛くない範囲に留めることです。

頑張れば出来るものではないからです。

がんばってもそれなり以下にしかならないかもしれないです。

それぐらい適性の有無が現実に強い影響を与えます。

走るのが苦手なのに、走るのが得意な人と同じぐらい走ろうとしています。

苦手を克服する選択も良し、自分が好きじゃ無いけど出来ちゃうことを伸ばすのも良し。

必要なことは、自分がやっていることを理解することです。

到達出来ない頂きにチャレンジしていることさえ分かっていて、望んでいることであるなら、そこに無駄はありません。

現実を見ないようにして闇雲に頑張るよりも、現実を把握して頑張る方が伸び幅があります。

現実は把握しないと自分を伸ばしきれない時が来ます。

現実を把握した上で工夫をしていくなら、もしかしたら特別な何かに変化出来るかも知れません。

人は望めばなんでも出来るようになるわけではありませんが、望み工夫することでその人に特化した何かが出来るようになります。

目指すならそこです。

タイトルとURLをコピーしました